柳野国際特許事務所

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容易想到性判断の誤りについての判断事案
「蓋板を備えたコンクリートブロック」
知財高裁平成20年9月29日判決
(平成19年(行ケ)第10238号審決取消請求事件)



1.事実の概要
2.相違点2の容易想到性判断について
3.考察


本願補正発明 引用発明

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1.事実の概要

 原告は、「蓋板を備えたコンクリートブロック」の発明について特許出願し(特願2000−376286号)、拒絶査定を受けたので、拒絶査定不服審判を請求するとともに同時にクレーム補正した(不服2005−25168号)。しかし、特許庁の審決では,本願補正発明は引用発明(登録実用新案第3026678号「側溝構造」)に基づき当業者が容易に想到することができたものであるから特許を受けることができないと判断した(拒絶審決)。そこで、原告(特許出願人)が被告(特許庁長官)に対し、当該審決の取消しを求める訴訟を提起したのが本件裁判である。  本裁判では、審決が、下記相違点2についての容易想到性の判断を誤った結果,本願補正発明が引用発明に基づいて当業者が容易に想到できたものであるとの誤った結論に至ったとして、原告が求める審決の取消を認めた。  以下、この相違点2についての容易想到性判断について、審決および裁判所の判断をそれぞれ紹介する。


 ◆ 本願補正発明


「蓋板(3)と本体ブロック(2)との相互の接合面(9,14)の一方(9)がコンクリートブロックの中心線(P)に対して対称な方向に傾斜した平面であり,他方(14)が中凸部分円筒状の曲面であり,前記蓋板は,本体ブロックの側壁内面(8)との間に間隙(20)を備えた状態で当該本体ブロック上に幅方向に平行移動及び斜め移動可能に置かれ,当該蓋板の長手方向中心線(Q)が本体ブロックの中心線(R)に対して平面視で斜めになることによって本体側接合面と蓋側接合面との間の誤差が吸収されることを特徴とする,蓋板を備えたコンクリートブロック。」


 ◆ 引用発明


「側溝蓋8と側溝躯体1との相互の接合面の一方が側溝蓋8および側溝躯体1の中心線に対して対称な方向に傾斜した蓋傾斜面部10aであり,他方である側溝躯体1側が浅い角度のV形断面よりなる角部Pであり,前記側溝蓋8は側溝躯体1の上部垂直部2aとの間に微小間隙G1を備えた状態で上記角部Pにて線接触するように置かれることによって側溝蓋のがたつきの発生を防止する側溝蓋を備えた,コンクリート側溝構造。」


 ◆ 相違点2


 本体ブロックの側壁内面(8)との間に間隙(20)を備えた状態で本体ブロック上に置かれる蓋板が,本願補正発明では,幅方向に平行移動及び斜め移動可能に置かれ,当該蓋板の長手方向中心線(Q)が本体ブロックの中心線(R)に対して平面視で斜めになるものであるのに対して,引用発明では,そのようなものであるかどうか不明である点。


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2.相違点2の容易想到性判断について

 ◆ 審決の内容


『 …蓋板の長手方向中心線(Q)が本体ブロックの中心線(R)に対して平面視で斜めになるものであるという構成は,引用発明においても当然に有している構成であるということができる。そして,蓋板が,本体ブロックの側壁内面との間に間隙を備えた状態で幅方向に平行移動及び斜め移動可能となるようにすること(即ち,そのために間隙を十分に大きくしたり,接合面の傾斜角を小さな値とする)も,蓋板や本体ブロックが有する成型精度や線接触部分の耐圧力などを考慮して当業者が,適宜採用し得る設計的事項であるといえる』


 ◆ 裁判所の判断


『 まず本願補正発明の「…前記蓋板は,本体ブロックの側壁内面(8)との間に間隙(20)を備えた状態で当該本体ブロック上に幅方向に平行移動及び斜め移動可能に置かれ,当該蓋板の長手方向中心線(Q)が本体ブロックの中心線(R)に対して平面視で斜めになる」(請求項1)という構成の技術的意義に関して争いがあるので,この点について検討する。・・・「間隙(20)を備えた状態で」「平行移動及び斜め移動可能に置かれ」「当該蓋板の長手方向中心線(Q)が本体ブロックの中心線(R)に対して平面視で斜めになる」との各事項がそれぞれどのような関係にあるのか明らかでない。また,「平行移動及び斜め移動」,「当該蓋板の長手方向中心線(Q)が本体ブロックの中心線(R)に対して平面視で斜めになる」ことが,いつの時点で発生するのか(蓋板を本体ブロック上に載置するときか,載置後か)についても一義的に明確に理解することができない。・・・そこで発明の詳細な説明の記載を参酌する・・・
『・・・本願補正発明は,U字溝ブロックや側溝ブロックなどのコンクリートブロックを溶接構造の型枠を用いて成形する際に,高い寸法精度を出すことが困難であるという性質に鑑み,蓋板と本体との接合面にある程度の寸法誤差があっても,誤差が吸収されて蓋板が本体ブロック上でがたつかないコンクリートブロックを得ることを目的としたものである。・・・そして,上記の目的を達成するために,「蓋板(3)と本体ブロック(2)との相互の接合面(9,14)の一方(9)がコンクリートブロックの中心線(P)に対して対称な方向に傾斜した平面であ」るという構成を採用することにより,蓋板3の捩じれや本体ブロックの接合面9の高さ方向の誤差が蓋板の左右方向のずれにより自動的に吸収されるようにし,「接合面(9,14)の一方(9)が…平面であり,他方(14)が中凸部分円筒状の曲面であ」るという構成を採用することにより,平面とした側の傾斜角や円筒面とした側の曲率中心や曲率半径の誤差が両接合面の接触状態を確保する際の障害とならないようにした(請求項1,段落【0011】参照)。また,本体側接合面と蓋側接合面との間に誤差があったときの蓋板3のがたつきは,蓋板の長手方向中心Qが本体ブロックの中心線Rに対して平面視でわずかに斜めになることによって吸収されるが,これに寄与するのは本体ブロックに対する蓋板の斜め移動のみであり,蓋板の幅方向の平行移動は,蓋板の上面を幅方向に若干傾斜させる作用を有するものにすぎない(段落【0026】参照)。なお,蓋板と本体ブロックの側壁内面との間に備えられた間隙(20)の果たす役割については本願明細書に明示的に記載されていないが,蓋板と本体ブロックの側壁内面との間に蓋板の移動を許容するだけの間隙がなければ蓋板の平行移動及び斜め移動は可能とならないことから,上記間隙(20)は蓋板の平行移動及び斜め移動を許容するものと理解される。』
『 以上を踏まえて本願補正発明・・・の構成をみると,「間隙(20)を備えた状態で」とは蓋板の平行移動及び斜め移動を許容する間隙があることを意味し,「当該本体ブロック上に幅方向に…斜め移動可能に置かれ,当該蓋板の長手方向中心線(Q)が本体ブロックの中心線(R)に対して平面視で斜めになる」とは,蓋板の斜め移動が可能である結果,蓋板の長手方向中心線(Q)が本体ブロックの中心線(R)に対して平面視で斜めになるという作用が働くことを意味するものである。そして,「当該本体ブロック上に幅方向に平行移動…移動可能に置かれ」との構成は,蓋板の上面を幅方向に若干傾斜させる作用により,「蓋板(3)と本体ブロック(2)との相互の接合面(9,14)の一方(9)がコンクリートブロックの中心線(P)に対して対称な方向に傾斜した平面であ」るという構成と相まって,蓋板の捩じれや本体ブロックの接合面の高さ方向の誤差を吸収するものである。
『 次に,引用発明において・・・本願補正発明におけるような作用が生じているかどうかについて,被告は引用発明においても蓋板を載置する際に自動調心作用が働くと主張するので,この点について検討する。・・・引用発明は,精度の高い鋼製型枠を用いることなく側溝蓋のがたつきの発生を防止するという点で本願補正発明と共通の目的を有するものであり,その目的を達成するために,側溝蓋8に設けられた蓋傾斜面部10a,10bと側溝躯体1に設けられた傾斜面部3a,3bとが角部P(傾斜面部3a,3bとこれに連続して下方に延設された下部垂直面部4a,4bとからなる角部)において接触するという構成を採用し,かつ,傾斜面部3a,3bの傾斜角度を40°〜80°とすることによって,蓋傾斜面部10a,10bと傾斜面部3a,3bとが相互に一方が他方に食い込むような楔効果を生じさせることとしたものである・・・ここで,蓋傾斜面部10a,10bと角部Pとの接触は,本願補正発明における平面と円筒状の曲面との接触と(摩耗や欠落のしやすさという点では異なるものの)ほぼ同様の作用を有するものであり,また,引用発明における蓋傾斜面部10a,10bは側溝蓋8及び側溝躯体1の中心線に対して対称な方向に傾斜しているから,この点においても本願補正発明と共通するものである。一方,傾斜面部3a,3bの傾斜角度を40°〜80°とすることによる楔効果は,本願補正発明にみられない引用発明独自の作用である(これに対し,被告は本願補正発明においても楔効果を生じると主張するが,楔効果が生じるかどうかは傾斜面部の傾斜角度や摩擦係数などの条件によって異なるところ,本願補正発明におけるこれらの条件は明らかではないから,本願補正発明において必ず楔効果が生じるとはいえない。)。』
『 そして、引用発明における「微小間隙G1」が本願補正発明における「間隙(20)」のような,蓋板の平行移動及び斜め移動を許容するものであるかについては,引用例1の「…側溝蓋8の蓋上部垂直面部9a,9bと側溝躯体1の上部垂直面部2a,2bとの間には間隙G1があるため,これらの間に砂や土が入ることがあっても,その間隙G1を利用することで,側溝蓋8の開閉操作が容易になる」(段落【0019】)との記載から,側溝蓋の開閉操作を容易にするだけの幅を有するものであることは理解されるものの,その具体的な寸法や,蓋板の左右方向の移動との関係については引用例1に記載がない。もっとも,引用例1の図3では,間隙G1は間隙G3とほぼ同様の大きさに記載されており,G3の寸法が2ミリとされている(段落【0013】)ことや,明細書中でも「微小間隙」という語で表されていること(請求項1,段落【0007】,【0010】)に照らせば,引用例1に開示されているのはおよそ2ミリ程度の大きさの微小間隙を設けることにとどまるものといえる。そして,JIS規格において落ちふた式U型側溝の寸法許容差が±3ミリとされていること(甲4)に照らせば,2ミリ程度の寸法は許容される誤差程度のものであって,これが本願補正発明における「間隙(20)」と同様に蓋板の平行移動及び斜め移動を許容するものであるとは直ちにいい難い。・・・したがって,引用発明は,蓋傾斜面部10a,10bと角部Pとの接触や,蓋傾斜面部10a,10bが対称な方向に傾斜しているという点では,本願補正発明と共通する面はあるものの,本願補正発明における「前記蓋板は,本体ブロックの側壁内面(8)との間に間隙(20)を備えた状態で当該本体ブロック上に幅方向に平行移動及び斜め移動可能に置かれ,当該蓋板の長手方向中心線(Q)が本体ブロックの中心線(R)に対して平面視で斜めになる」という構成及び作用を有するものかどうかは,引用例1の記載からは不明であるというほかない。』
『 そこで,引用発明における「微小間隙G1」を拡げて本願補正発明における「間隙(20)」と同様に蓋板の平行移動及び斜め移動を許容するものとし,相違点2にかかる構成を備えることが当業者に容易であるかについて更に検討する。・・・引用発明は,平面と角部との接触や,傾斜面を対称にするなどの本願補正発明と類似の構成のほかに,傾斜面部3a,3bの傾斜角度を40°〜80°とすることにより蓋傾斜面部10a,10bと傾斜面部3a,3bとが相互に一方が他方に食い込むような楔効果を生じさせるものであり,この楔効果は本願補正発明にはみられない引用発明独自の効果である。換言すれば,引用発明は本願補正発明とは異なる上記構成を採用することにより,側溝躯体1側の接合面と側溝蓋8側の接合面との間の誤差を吸収するという発明の目的を達成しているものである。そうすると,引用発明においては更に側溝蓋8の斜め移動を可能として自動調心作用を働かせる必要はなく,引用発明における「微小間隙G1」を拡げて蓋板の平行移動及び斜め移動を許容するものとする動機付けは存在しない。
さらに,コンクリート側溝の蓋板は,その上を人や車両が通行するのであるから,蓋板が無用に移動するのは必ずしも好ましいことではないと考えるのは,自然なことである。この点について,本願明細書には「…本体ブロック2に対する蓋板3の幅方向の平行移動は,蓋板3の上面を幅方向に若干傾斜させる作用を有するのみで,がたつきの防止には直接寄与しない。蓋板3の中央部における幅方向移動を抑止する突起21を設けることにより…,蓋板3が本体ブロック2上で無用に移動するのを防止することができる」(段落【0026】)と記載されており,蓋板の幅方向の平行移動は必ずしも好ましいものではないことが指摘されている。そうすると,引用発明において間隙G1を微小なものとしたのは,側溝蓋8が側溝躯体1上で幅方向に平行移動することを抑止しつつ,側溝蓋8の開閉操作を容易にする限度で間隙を備えることとしたものと解することができる。・・・したがって,既に独自の構成によって側溝躯体1側の接合面と側溝蓋8側の接合面との間の誤差を吸収するという発明の目的を達成している引用発明において,あえて蓋板の幅方向の平行移動を可能とするような構成を採用することは考え難い。・・・以上のことから,引用発明において相違点2に係る構成を採用することは,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が容易になしうるものとはいえず,相違点2について容易想到性を肯定した審決の判断は誤りである。』


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3.考察

 本事案では、蓋板の平行移動及び斜め移動を許容する「間隙(20)」について、引用文献から読み取れるか否かが判断のポイントとなった。当裁判所では、まず引用文献の「微小間隙G1」がJIS規格における許容誤差の程度であり、「間隙20」のように蓋板の平行移動及び斜め移動を許容するものとはいい難く、相違点2の構成・作用効果を有するものか不明であると判断した。そして、引用文献の「微小間隙G1」を拡げて蓋板の平行移動及び斜め移動を許容する「間隙(20)」とすることについての容易想到性については、引用発明は独特の楔効果を有しているため、本願補正発明のように側溝蓋8の斜め移動を可能として自動調心作用を働かせる必要はなく,動機付けは存在しないとした。さらに、蓋板の幅方向の平行移動は必ずしも好ましいものではない点を指摘し、そのことから『既に独自の構成によって側溝躯体1側の接合面と側溝蓋8側の接合面との間の誤差を吸収するという発明の目的を達成している引用発明において,あえて蓋板の幅方向の平行移動を可能とするような構成を採用することは考え難い。』として、相違点2を引用発明から容易に想到できないと判断したのである。
 このように発明の構成が、従来技術からは必要性が見い出しにくい(動機付けがない)うえに、さらに従来の技術常識からは発想することが困難であり、非常識的であるような構成であれば、特許として認められる可能性がより高まることとなり、たとえば知財開発の際にも、このような視点から新たな発想を試みることで、権利性の高い発明を生み出すことができると思う。本例においても、あえて蓋板の幅方向の平行移動を可能とするような常識に反する新たな発想により発明の目的を達成したものであり、この点が引用発明から容易に想到できないと判断された大きな理由といえるが、さらにそのような蓋体の移動によるデメリットを解消する手段としての「蓋板3の中央部における幅方向移動を抑止する突起21」を設ける点なども、本願補正発明において重要な機能を果たしている蓋体の「斜め移動」を阻止することなく、無用な幅方向への移動を防止できる点で、進歩性の高い発明要素であると考えられる。


(文責 森岡)

(2008/10/07


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