柳野国際特許事務所

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本件発明と引用発明との一致点の認定の誤りについての判断事案
「車両の乗員保護装置」
知財高裁平成19年12月25日判決
(平成19年(行ケ)第10141号審決取消請求事件)



1.事実の概要
2.特許庁の審決での判断(取消事由1に関する判断)
3.当裁判所の判断(取消事由1について)
4.考察


特許庁審判の判断

 

引用文献で検出される超音波は、少なくとも、衝突の発生した方向に依存せずに検出される横波成分を含んでいるものと解される

裁判所の判断

 

引用文献には,超音波センサ2によって検出する超音波につき,それが縦波であるか,横波であるか,あるいはその双方を含むものであるかについての記載もない

縦波が衝突の発生した方向にしか伝搬しないという点については,本願補正明細書に「縦波の・・・振れは衝突方向でしか発生しない。」との記載があるが,少なくとも,本件優先権主張日当時において,技術常識又は周知の事項であったと認めるに足りる証拠はない

甲第14号証、甲第15号証には,圧電セラミックスを用いた振動検出手段(振動センサ)によって,超音波のうちの縦波を選択的に検出することが記載されていると認めることができる。そうすると,圧電セラミックスを用いて成る振動センサであるからといって,必然的又は不可避的に横波(成分)を検出するものということができないことは明らか

固体物質中を伝搬する超音波を検出するためのセンサが,横波を選択的に検出するものであるか,縦波を選択的に検出するものであるか,横波と縦波とが重なった振動波をそのまま検出するものであるかは,当該センサを含む装置の構成,使用目的や使用方法等に基づいて選択決定される技術事項であることが示唆されているものというべきであり,超音波を検出するセンサであるからといって,それらの各センサの構成が同一であるということはできない。そうであれば,横波と縦波が重なった振動波(超音波)を振動センサで検出し,この検出された超音波を電気信号として取り出して処理することにより,横波成分を分離し得るというような場合は,もはや本願補正発明の「(センサが)トランスバーサル方向の振れを検出する」ことに相当するということはできない

私見

◆縦波を測定するセンサについての先行技術の提出が、結果を大きく左右したと思われる。特許の有効・無効の争いでは、先行技術調査で相手の判断の根拠となっている部分を覆すことができる証拠を発見できるか否かがポイントとなる。



1.事実の概要

  原告は「車両の乗員保護装置」の発明について平成10年9月30日に特許出願し(特願2000−514802号;優先日 平成9年10月2日)、平成16年1月19日に拒絶査定を受けたので、平成16年4月20日、拒絶査定不服審判を請求(不服2004−8032号)したが,特許庁は,平成18年12月18日、「本件審判の請求は,成り立たない」との審決(拒絶審決)をした。そこで、原告(特許出願人)が被告(特許庁長官)に対し、当該審決の取消しを求める訴訟を提起したのが本件裁判である。
 本件発明は、審判請求と同時にクレーム補正されており、本件補正後の発明は、「車両の車体要素(1)の10kHz以上のバルク波のトランスバーサル方向の振れ(KS)を検出するセンサ(3)と検出されたバルク波のトランスバーサル方向の振れ(KS)に依存して車両の乗員保護手段を制御する評価回路(5)とを有することを特徴とする車両の乗員保護装置。(請求項1)」である(以下、「本件補正発明」と称す)。

 審決では,本件補正発明は引用発明(特開平8−58502号)に基づき当業者が容易に想到することができたと判断し、独立特許要件を満たさず本件補正は却下されるべきであり、補正前の発明も同様に当業者が容易に想到することができたものであるから特許を受けることができないと判断した。これに対して、本裁判では、審決は本願補正発明と引用発明との一致点の認定を誤った結果,当業者が容易に想到できたものであるとの誤った結論に至り,ひいて独立特許要件の欠缺を理由として本件補正を却下したことにより,本願発明の要旨の認定を誤ったものであるとして取消事由1を認めたものである。
以下、この取消事由1(本願補正発明と引用発明との一致点の認定の誤り)について、審決での判断および当裁判所の判断をそれぞれ紹介する。


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2.特許庁の審決での判断(取消事由1に関する判断)

 『 引用文献記載の超音波は「正面衝突と偏角衝突とで、周波数成分の違いはあっても必ず出現するもので」あり、これを位置固定の超音波センサ2で検出するのであるから、検出される超音波は、少なくとも、衝突の発生した方向に依存せずに検出される横波成分を含んでいるものと解される。 』

『 超音波便覧編集委員会編,「超音波便覧」,丸善株式会社,平成11年8月30日、第395頁には『超音波の波長に比べて物体が十分に大きい場合にはその影響を無視することができ、無限に広い物質中を伝わる超音波と考えても良いことになる。このような超音波をバルク波と呼ぶ。」と記載されており、引用文献記載の超音波(超音波とは、一般的に、周波数が20kHzを超える音波、弾性振動とされている。)は、本願補正発明(10kHz以上)同様、バルク波といえる。以上を総合すると、引用文献には、「車両の車体要素のバルク波の横波成分を検出する超音波センサ2と、バルク波の横波成分が検知された時、速度演算値ΔVを判定する基準値を従来に比して高めに設定(エアバック装置がより動作し易くなる方向)するCPU3とを有する車両安全装置用制御装置」の発明(引用発明)が記載されているものと認められる。』

『 引用発明の「バルク波の横波が検知された時、速度演算値ΔVを判定する基準値を従来に比して高めに設定(エアバック装置がより動作し易くなる方向)する」は本願補正発明の「検出されたバルク波のトランスバーサル方向の振れ(KS)に依存して車両の乗員保護手段を制御する」に相当している。 』

『 [一致点]車両の車体要素のバルク波のトランスバーサル方向の振れを検出するセンサと検出されたバルク波のトランスバーサル方向の振れに依存して車両の乗員保護手段を制御する評価回路とを有する車両の乗員保護装置。』

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3.当裁判所の判断(取消事由1について)

 『 引用文献には,超音波に縦波と横波とがあることについて言及した記載は見当たらず,したがって,縦波と横波のそれぞれの特性についての記載や,超音波センサ2によって検出する超音波につき,それが縦波であるか,横波であるか,あるいはその双方を含むものであるかについての記載もない。』

『 一般に,固体物質中を伝搬する音波(超音波を含む。)に,振動方向,振動数及び伝搬速度が相違する縦波と横波とがあることは,古くから知られており(例えば,昭和43年12月20日日刊工業新聞社発行の実吉純一ら監修「超音波技術便覧(改訂3版)」4頁,昭和50年6月30日株式会社工業調査会発行の島川正憲著「超音波工学−理論と実際−(初版)」12頁,昭和61年10月20日株式会社培風館発行の「物理学辞典−縮刷版−」261頁など),本件優先権主張日(平成9年10月2日)当時,周知の事項であったということができる。また,衝突によって発生した横波は,衝突の方向にかかわらず,あらゆる方向に伝搬すること(したがって,衝突の発生した方向に依存せずに検出されること)は技術常識というべきである(逆に,縦波が衝突の発生した方向にしか伝搬しないという点については,本願補正明細書に「縦波の・・・振れは衝突方向でしか発生しない。」(段落【0003】)との記載があるが,少なくとも,本件優先権主張日当時において,技術常識又は周知の事項であったと認めるに足りる証拠はない。)。』

『 被告(特許庁長官)は,引用文献に,超音波センサ2によって検出する超音波につき,それが縦波であるか,横波であるか,あるいはその双方を含むものであるかについての開示がされていないことに関し,縦波は,横波に比べて,その伝播速度は速いが,振動の振幅が小さくてエネルギー量は少なく,衝突の場合に,縦波の振動は衝突方向でしか発生しないから,確実に衝突の振動を検出しようとする場合には,横波を検出することが考えられるところ,圧電セラミックスによって物質内における振動を捉えようとする場合,あらゆる振動を検出してしまうのが通常であり,特に振動の振幅の大きい横波成分が検出されることは必然であって,この検出された超音波を電気信号として取り出し,これを処理すれば,その中に横波成分が含まれることとなるのは明らかであると主張する。そうすると,それ自体としては,超音波センサ2によって検出する超音波が,縦波であるか,横波であるか,あるいはその双方を含むものであるかについての開示がない引用発明につき,審決が,本願補正発明との上記一致点の認定に及んだのは,圧電セラミックスを用いて成る振動センサが横波成分を検出することが必然であるという判断と,「横波」を検出することのみならず,「横波成分」を検出すること,すなわち,例えば横波と縦波が重なった振動波(超音波)を振動センサで検出し,この検出された超音波を電気信号として取り出して処理することにより,横波成分を分離し得るというような場合であっても,なお,本願補正発明の「(センサが)トランスバーサル方向の振れを検出する」ことに相当するという判断を,その前提とするものであるということができる。』

『 特開平5−141948号公報(甲第14号証)の・・・段落【0007】・・・の記載,及び特開平9−210694号公報(甲第15号証)の・・・段落【0001】,・・・段落【0020】〜【0021】・・・の記載によれば,これらの公報には,圧電セラミックスを用いた振動検出手段(振動センサ)によって,超音波のうちの縦波を選択的に検出することが記載されていると認めることができる。そうすると,圧電セラミックスを用いて成る振動センサであるからといって,必然的又は不可避的に横波(成分)を検出するものということができないことは明らかである。・・・さらに,特開平5−19946号公報(乙第1号証)には,・・・段落【0002】〜【0003】・・・段落【0004】〜【0006】・・・段落【0007】〜【0008】・・・段落【0009】・・・の記載によれば,同公報には,圧電素子を用いた振動センサが,板波非対称波(横波)と板波対称波(縦波)とが重なった振動波を検知した上,当該検知信号から,横波又は縦波を分離する技術事項が開示されているものと認められる。そして,このことと,上記(5)の各公報(甲第14,第15号証)の記載事項とを併せ考えれば,固体物質中を伝搬する超音波を検出するためのセンサが,横波を選択的に検出するものであるか,縦波を選択的に検出するものであるか,横波と縦波とが重なった振動波をそのまま検出するものであるかは,当該センサを含む装置の構成,使用目的や使用方法等に基づいて選択決定される技術事項であることが示唆されているものというべきであり,超音波を検出するセンサであるからといって,それらの各センサの構成が同一であるということはできない。そうであれば,横波と縦波が重なった振動波(超音波)を振動センサで検出し,この検出された超音波を電気信号として取り出して処理することにより,横波成分を分離し得るというような場合は,もはや本願補正発明の「(センサが)トランスバーサル方向の振れを検出する」ことに相当するということはできないというべきである。・・・したがって,本願補正発明と引用発明とが,「車両の車体要素のバルク波のトランスバーサル方向の振れを検出するセンサ・・・を有する」点で一致するとした審決の認定は,その前提を欠き,誤りであるといわざるを得ない。』


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4.考察

 今回の争点は、引用文献から本願発明の「トランスバーサル方向の揺れを検知」する点が読み取れるか否かであったといえる。原審判では、圧電センサで横波成分(トランスバーサル方向の揺れ)を検出することが必然であること、横波と縦波が重なった超音波から横波成分を分離し得ること、および『衝突の場合に,縦波の振動は衝突方向でしか発生しないから,確実に衝突の振動を検出しようとする場合には,横波を検出することが考えられる』ことを根拠に、引用文献から本願発明の「トランスバーサル方向の揺れを検知」する点が読み取れると判断した。これに対し、裁判所は、原告(特許出願人)が提出した証拠(甲14、甲15)に圧電センサで縦波を検出することが開示されており、また縦波が衝突発生方向にしか伝搬しないという点については本件優先権主張日当時に技術常識又は周知事項であったと認めるに足る証拠もなく、従って、センサが横波を選択的に検出するものであるか、縦波を選択的に検出するものであるか、横波と縦波とが重なった振動波をそのまま検出するものであるかは,当該センサを含む装置の構成・使用目的・使用方法等に基づいて選択決定される技術事項であり、引用文献からは本願発明の「トランスバーサル方向の揺れを検知する」点を読み取れない(不一致)と判断したのである。
 つまり、引用文献の内容から本願発明の「トランスバーサル方向の揺れを検知」する点を読み取れると認定するためには、圧電センサにおいて横波成分を検出することが必須であることがいえなければならないが、これについては原告が提出した証拠(甲14、甲15)に有力な反対証拠が開示されていた。また、縦波が衝突発生方向にしか伝搬しないという点(トランスバーサル方向の揺れを選択する動機付けとなる見識)についても、本件優先権主張日当時に技術常識又は周知事項であったと認めるに足る証拠がないとされ、よって、引用文献から「トランスバーサル方向の揺れを検知」する点を読み取ることはできないと判断されたのである。
 原審判では、『衝突の場合に,縦波の振動は衝突方向でしか発生しないから,確実に衝突の振動を検出しようとする場合には,横波を検出することが考えられる』とし、トランスバーサル方向の揺れを選択する動機付けとなる見識が技術常識であったことを前提として判断していたが、今回の裁判で、この動機付けが存在しないとされた以上、差し戻し審での容易想到性判断にも影響を与えるであろう。

 今回の裁判では、縦波を測定するセンサについての先行技術の提出が、結果を大きく左右したと思われる。このように特許の有効・無効の争いでは、先行技術調査で相手の判断の根拠となっている部分を覆すことができる証拠を発見できるか否かが重要な要素となる。このため調査については、コストを惜しまず、幅広く(国内外の業界誌・カタログ等も含め)かつ粘り強く継続して行わなければならない。

(文責 森岡)

(2008/03/12)