柳野国際特許事務所

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類否判断の誤りについての判断事案
「自動二輪車用タイヤ」意匠
知財高裁平成20年3月31日判決
(平成19年(行ケ)第10344号審決取消請求事件)



1.事実の概要
2.審決が認定した本願意匠と引用意匠との共通点・差異点
3.原告/被告の主張・反論
4.当裁判所の判断
5.考察


本願意匠 本願意匠図
引用意匠

引用意匠01

引用意匠02



1.事実の概要

 原告は,平成17年1月7日,「自動二輪車用タイヤ」の意匠登録出願(意願2005−317号;本願意匠)をしたところ,拒絶査定を受けたので,平成18年5月11日,これに対する不服審判(不服2006−9504号事件)を請求したが、特許庁は「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした(拒絶審決)。そこで、原告(意匠出願人)が被告(特許庁長官)に対し、当該審決の取消しを求める訴訟を提起したのが本件裁判である。
 拒絶の理由は、要するに、本願意匠は,平成15年1月31日に意匠登録出願され,平成16年12月10日に設定登録された意匠登録第1229157号(引用意匠)に類似するものであり,意匠法9条1項に規定する最先の意匠登録出願人に係る意匠に該当しないから意匠登録を受けることができない,とするものである。
 本裁判では、本願意匠と引用意匠が類似するとした特許庁の認定判断には誤りがあり、審決を取り消すべきとされた。以下、審決が認定した本願意匠と引用意匠との共通点・差異点、原告/被告の主張・反論、および当裁判所の判断をそれぞれ紹介する。


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2.審決が認定した本願意匠と引用意匠との共通点・差異点

 (共通点)


 全体が断面形状を概略半円弧状とした環状体の外側周面に溝を設けたものであり,トレッド部中央について,周方向に鈍角で交互に屈曲したジグザグ状の細溝(以下「中央溝」という。)を設け,その各屈曲角部の外側からサイド部側へ各ジグザグ構成溝を分岐するように,各構成溝の延長方向より僅かに外側へ角度を付けてサイド部付近まで細溝(以下「主傾斜溝」という。)を設け,さらに,各主傾斜溝間の中央に,中央溝からやや離れた位置からサイド部付近まで,主傾斜溝とほぼ平行状に細溝(以下,「副傾斜溝」という)を設けた点。


 (差異点)


(ア) 中央溝の各ジグザグ構成溝について,本願意匠は,直線状としているのに対して,引用意匠は,湾曲方向を交互に変えた緩やかな弧状としている点。
(イ) 副傾斜溝の形状について,本願意匠は,中央寄りで僅かに屈曲した略「へ」の字状としているのに対して,引用意匠は,両先端部を僅かに湾曲した直線状としている点。
(ウ) 主傾斜溝の長さ幅のほぼ中央に,本願意匠は,僅かに突出する溝を設けているのに対して,引用意匠は,そのような溝がない点。


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3.原告/被告の主張・反論

【原告】

『 審決が,本願意匠と引用意匠との共通点のうち「トレッド部中央に周方向に走る中央溝を有し,当該中央溝の両サイドに主傾斜溝及び副傾斜溝が設けられている」との共通点に基づいて,両意匠が類似すると判断したことには誤りがある。すなわち,「トレッド部中央に周方向に走る中央溝を有し,当該中央溝の両サイドに主傾斜溝及び副傾斜溝が設けられている」との点は,自動車用タイヤにおいては,ありふれた形状である。自動車用タイヤでは,その用途及び機能は走行時の操縦安定性や駆動力の確保にあるから,用途及び機能を確保するためには,意匠の創作の幅も狭まり,上記の態様において共通となる。「トレッド部中央に溝を有し,当該中央溝両サイドに傾斜溝が設けられている点」において共通するにもかかわらず,登録された先行意匠例は多数存在する(甲1)。以上のとおり,上記共通点は,自動車用タイヤにおいて,ありふれた形態であるから,本願意匠は引用意匠と類似するとした審決の判断には誤りがある。』


【被告】

『「トレッド部中央に溝を有し,当該中央溝両サイドに傾斜が設けられている点」において共通する先行登録意匠が多数存在するとしても,トレッドパターンが概略において共通する登録意匠が多数存在するにすぎず,本願意匠及び引用意匠が共通する構成態様は,ありふれたものではない。』


【原告】

『 自動車用タイヤのトレッドパターンは,一般的に,@リブ型(周方向に連続した縦溝を主体として構成されるもの),Aラグ型(横方向に連続した横溝を主体として構成されるもの),Bリブラグ型(周方向に連続した縦溝と横方向に連続した横溝の組み合わせからなるもの),Cブロック型(独立したブロックを配列したもの)の4類型に分類される(甲2)。自動車用タイヤの意匠は,用途,機能の確保等の観点から,おのずと創作の幅に制約があり,4つに類型化できるほど創作面での自由度は低い。したがって,それぞれのトレッドパターンの具体的態様における微細な差異により,意匠の類否を判断すべきである。』


【被告】

『用途及び機能から創作が制約されるとしても,そのような制約は,すべての意匠の創作に当てはまることであって,自動車用タイヤのトレッドパターン特有のものではない。仮に,自動車用タイヤのトレッドパターンについて,用途及び機能により4類型に分類できるとしても,本願意匠の分野(自動二輪車用タイヤの分野)における意匠創作上の自由度の幅と直接的な関係はない。』


【原告】

『 審決は,差異点(ア)(中央溝の形状)について,「引用意匠の弧状は,緩やかなものであるから,本願意匠の直線状と大差なく,形態全体としてみた場合,この差異は,共通するとした溝全体の態様に吸収されてしまう程度のわずかな差に過ぎないものであり,微弱なものというほかない。」と判断した(審決書2頁28行〜32行)。しかし,本願意匠の中央溝が,周方向に対し傾斜した直線状の細溝が,交互に傾斜方向を変えて連なっており,強く,シャープな印象を呈しているのに対して,引用意匠における中央溝は,湾曲方向を交互に変えた緩やかな弧状の溝が交互に連なっており,引用意匠は全体が流れるようなソフトな印象を作り出している。中央溝の形状における差異が醸し出す美感は,両意匠の全体の美感の形成に強く作用する要素であり,わずかな差であるとはいえない。』


【被告】

『本願意匠における直線形状は,一般的な態様であって格別の特徴はなく,引用意匠の中央溝の湾曲はわずかなものであること,本願意匠と引用意匠は,中央溝のジグザグ形成角度がほぼ共通している点に照らすと,湾曲の有無の差異より,「鈍角で交互に屈曲したジグザグ状」の共通点の視覚的効果の方が優っている。したがって,(ア)の差異点は,トレッドパターン全体として観察した場合,交互規則的に繰り返される主傾斜溝と副傾斜溝の存在により希釈化されるため,わずかな差にすぎないといえる。』


【原告】

『審決は,差異点(イ)(副傾斜溝の形状)について,「本願意匠の屈曲の程度が僅かなものであり,また,引用意匠の湾曲部は,先端部のみで緩やかであるから,その部位のみを注視すればともかく,形態全体としてみた場合,さほど目立たないものであり,この差異は,共通するとした溝全体の態様に吸収されてしまう程度の微弱なものといわざるを得ない。」と判断した(審決書2頁33行〜37行)。しかし,審決の上記判断は,以下のとおり誤りである。すなわち,本願意匠の副傾斜溝は,中央溝寄りの一端から屈曲点までと,屈曲点から他端までの長さとを,略1:2としている。これは,中央溝における各屈曲点間の長さと,主傾斜溝の長さとの比率とほぼ同一である。さらに,屈曲点の角度もほぼ同一であり,本願意匠における中央溝,主傾斜溝,副傾斜溝には規則性,統一性がある。これに対して,引用意匠における副傾斜溝は,主傾斜溝とほぼ同じ角度で配されてはいるものの,長さ,湾曲方向も自由であり,中央溝との関係についても本願意匠に見られるような整然とした規則性はない(甲4)。本願意匠の規則性及び統一性は,本願意匠の持つシャープで規則的な美感を増幅させているのに対し,引用意匠は,規則的な美感を与えない。両意匠の差異点(イ)の美感に与える影響は甚大であり,これを微弱なものであると判断した審決には誤りがある。』


【被告】

『本願意匠の副傾斜溝における曲げ角度は僅かであること,他方,本願意匠と引用意匠の副傾斜溝は,各主傾斜溝間の中央に,中央溝からやや離れた位置からサイド部付近まで,主傾斜溝とほぼ平行状に設けた点において共通し,主傾斜溝と,副傾斜溝が交互に繰り返す規則性,統一性は共通していることに照らすならば,差異点(イ)は,わずかなものにすぎない。』


【原告】

『審決は,差異点(ウ)(主傾斜溝の突出溝の有無)について,「本願意匠の突出溝は,わずかに突出しているに過ぎないものであり,格別目立つものとはいえないから,この差異は,部分的なところにおける微弱なものというほかない。」と判断した(審決2頁38行〜3頁1行)。しかし,過去に並存して登録されている意匠においては,突出溝の有無に創作性が認められて登録を受けた例があり,突出溝という視覚的には微弱ともいえる部分であっても類否判断において支配的要素を形成している例もあり,このような差異点を軽視すべきではない(甲5)。特に,本願意匠における突出溝は,本願意匠の持つ規則的かつ統一感のある美感を高めている。当該突出溝は,主傾斜溝の中央部よりややショルダー部に近い箇所に,主傾斜溝下部に配された副傾斜溝の屈曲部に向けて突出しており,上記のパターンはすべての突出溝に共通してみられる特徴である。これにより,突出溝,副傾斜溝,主傾斜溝との間に規則的な一体感が生じ,本願意匠の持つシャープで規則的な美感を増加させている。以上のとおり,差異点を「部分的」で「微弱」なものと判断した審決には誤りがある。』


【被告】

『本願意匠における「突出する溝」は,短く,細く,微小なものであり,また,本願意匠に特有といえるほどのものではないから,審決が,差異点(ウ)について,部分的な微弱なものとした点に誤りはない。』


【原告】

『側面視において,本願意匠では,各主傾斜溝及び副傾斜溝の終端がほぼ同一の曲率,長さ,並びに方向に整然と配されており,本願意匠の持つ規則的な美感を増している(甲6の1)のに対して,引用意匠では,このような規則性が認められない点において差異がある(甲6の2)。本願意匠及び引用意匠とは,上記のような差異が存在するにもかかわらず,この点を看過した審決には誤りがある。』


【被告】

『原告の主張における差異は,実質的には「側面図」における図形上の差異にすぎず,本願意匠及び引用両意匠相互に側面図に表れる終端付近における湾曲の態様にわずかな差異があるとしても,類否判断に及ぼす影響が極めてわずかであるから,審決が差異点として摘示しなかったことに誤りはない。』


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4.当裁判所の判断

 『 本願意匠においては,@中央溝は,すべてが直線で構成され,全体としてジグザグ形状を示していること,A副傾斜溝は,直線で構成され,1対2に内分した部分で屈曲されているため,全体として「へ」の字ないし逆「へ」の字状形状を示していること,その先端部分は直線で切り取られているため,細長い長方形状(棒状)のものを連結した形状を示していること,B主傾斜溝は,直線で構成され,先端部分は直線で切り取られているため,細長い一本の棒状のものが,中央溝から枝分かれしたような形状を示し,また主傾斜溝のほぼ中央に,同一方向に小さく突出した溝が設けられていること,C中央溝,主傾斜溝及び副傾斜溝は,いずれも溝の中央最深部が直線状に刻まれ,直線で囲まれた棒状形状からなり,全体は木の枝状の模様を形成していること,D側面視で,主傾斜溝は,副傾斜溝より長く伸び,かつ,傾斜溝の突出溝が視認され,主傾斜溝と副傾斜溝とは交互に等間隔で現れ,平行に伸びているとの印象を与えている点で特徴がある。』

『 これに対して,引用意匠においては,@中央溝は,湾曲方向を交互に変化させた円弧状の細い曲線で構成されていること,A副傾斜溝も,全体が細い曲線で構成されており,両端部は細くすぼまり,最先端が尖っており,「S」字を縦方向に細長くのばした湾曲形状を呈していること,B主傾斜溝も,全体が細い曲線で構成され,先端部は,細くすぼまり,最先端が尖っており,副傾斜溝の湾曲方向と同一の方向に湾曲していること,C中央溝,主傾斜溝及び副傾斜溝は,いずれも,細い曲線で構成されていること,D側面視で,主傾斜溝は副傾斜溝より長く伸び,両者が交互に等間隔で現れているが,その傾斜角度が同一でないため,不揃いに伸びているという印象を与えている点で特徴がある。』

『 本願意匠は,溝のすべてが直線で構成され,主傾斜溝に突出溝が設けられていること,主傾斜溝における突出溝が,副傾斜溝における「へ」ないし「逆へ」文字と対応するように配置されていること,他方,側面視において主傾斜溝と副傾斜溝とは交互に等間隔で平行に伸びていること等を総合すると,同意匠は,全体として,「ゴツゴツ」とした,荒削りで,男性的な印象を与えているとともに,規則的な模様であるとの美的な印象を生じさせている。これに対して,引用意匠は,溝のすべてが,細く柔らかい曲線で構成され,先端がすぼまり,最先端が尖っていること,他方,主傾斜溝は副傾斜溝より長く伸びて,その傾斜角度が同一でないために,伸びる方向が不揃いであること等を総合すると,同意匠は,全体として,柔らかく,繊細で洗練されていて,女性的な印象を与えているとともに,不揃いで,不規則的で,より自由な模様であるとの美的な印象を生じさせている。』

『 上記によれば,本願意匠と引用意匠とは,・・・前記中央溝,主傾斜溝及び副傾斜溝の配置ないし相互の位置関係という基本的な構成において共通する点を有するが,具体的な中央溝,主傾斜溝及び副傾斜溝の構成や配置において,上記のとおり,見る者に異なる美感を与えているものというべきである。したがって,本願意匠は,引用意匠に類似しない。 』


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5.考察

 意匠の形態の類否判断は、共通点、差異点における各形態について、@) その形態を対比観察した場合に注意を引く部分であるかどうか、A)先行するデザイン群との対比において注意を引く程度、をそれぞれ検討し、各共通点及び差異点が意匠全体の美感に与える影響の大きさを判断することにより行われる。そして、意匠の物品の基本的構成態様は、美感に与える影響が大きいとされている(意匠審査基準)。

 本件では、周方向に鈍角で交互に屈曲したジグザグ状の細溝(以下「中央溝」という。)を設け,その各屈曲角部の外側からサイド部側へ各ジグザグ構成溝を分岐するように,各構成溝の延長方向より僅かに外側へ角度を付けてサイド部付近まで細溝(以下「主傾斜溝」という。)を設け,さらに,各主傾斜溝間の中央に,中央溝からやや離れた位置からサイド部付近まで,主傾斜溝とほぼ平行状に細溝(以下,「副傾斜溝」という)を設けた中央溝、主傾斜溝及び副傾斜溝の配置・相互の位置関係の基本的構成態様が共通しており、またこのような基本的構成態様は先行するデザイン群に存在しないことから、本願意匠と引用意匠が類似するとした特許庁の判断も理解できる。

 これに対し、原告は、『用途及び機能を確保するためには,意匠の創作の幅も狭まり・・・「トレッド部中央に溝を有し,当該中央溝両サイドに傾斜溝が設けられている点」において共通するにもかかわらず,登録された先行意匠例は多数存在する・・・上記共通点は,自動車用タイヤにおいて,ありふれた形態である・・・自動車用タイヤの意匠は,用途,機能の確保等の観点から,おのずと創作の幅に制約があり,4つに類型化できるほど創作面での自由度は低い。したがって,それぞれのトレッドパターンの具体的態様における微細な差異により,意匠の類否を判断すべきである』とし、上記基本的構成態様はありふれた形態であって、意匠全体の美感に与える影響も小さいと主張している。

 この原告の主張が影響したかどうかは定かでないが、裁判所は具体的なトレッドパターンの差異として上記のとおり@〜Dの特徴を挙げ、本願意匠については『全体として,「ゴツゴツ」とした,荒削りで,男性的な印象を与えているとともに,規則的な模様であるとの美的な印象を生じさせている。』とし,引用意匠については『全体として,柔らかく,繊細で洗練されていて,女性的な印象と与えているとともに,不揃いで,不規則的で,より自由な模様であるとの美的な印象を生じさせている。』とし、その結果、『 具体的な中央溝,主傾斜溝及び副傾斜溝の構成や配置において,上記のとおり,見る者に異なる美感を与えているものというべきである。したがって,本願意匠は,引用意匠に類似しない。 』と判断した。これは、本願意匠が、上記@〜Dの各特徴部分において荒削りで規則的なデザインを貫いている結果、このような差異点が視覚的印象に大きな影響を及ぼす部分であると認定され、意匠全体として非類似と判断されたものと考えられる。

 本事案のように、一見、基本的構成態様が共通する先行デザインが存在しても、それとは異なるデザインコンセプトを細部まで一貫して採用し、全体として先行デザインと異なる明確な印象を与える意匠が創作できれば権利化できる可能性があり、逆に先行者の防衛的立場からすれば、自らのデザインコンセプトが細部まで徹底していればしているほど、このようなコンセプトないし印象と異なるデザインを別途出願したり、或いは、よりベーシックな簡略化したデザインの基本出願を手当てしておく必要がある。

(文責 森岡)

(2008/04/22)